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大野島蔵は、14歳で父・大野福次郎に入門、大工として歩み始めました。
腕のよさは父親譲りでしたが、第二次世界大戦が勃発、二度も召集に応じその任を果たして来ました。
復員後の昭和25年(1950)、31歳で父の跡を継いで大野建設代表となり、戦後の住宅復興に尽くしました。
そして昭和41年(1966)組織を株式会社に改めました。
三代目の大野年司にバトンを渡すまで、島蔵は、高い技術力をもつ大工たちを率い、地域密着型の建設会社として、順調に歩みを進めることになります。 |
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女房には苦労をかけましたねえ。昭和18年に満州から帰ってきて、11月29日に結婚したんですが、12月3日に、二度目の召集令状が来ちゃった。ビルマで敗戦を迎え、抑留。
帰ってきたのが昭和21年の半ば。戦争が終わって1年が経っていました。
私が親父の跡を継ぐと、今度は住み込みの大工さんたちの世話でしょう。多いときには10人くらい職人がいて、朝晩の食事に弁当作りと、女房はそれは大変だったと思います。職人を探すのも女房の仕事でしたしね。
私自身は、途中から社長という肩書きになりましたが、いまも大工のほうがピンときますね。口頭で人を使うのはどうも・・。そりゃあ現場で仕事するくらい面白いことはないですからね。むずかしい普請をしている時なんかは、早く仕事したくて夜も寝ていられないくらい。
私の父は「金儲けのために作るんじゃない」と言っていましたが、まさにその通り。ものをつくるというのは、楽しいからするのでね。どうも、今の風潮は経済にとらわれすぎだと思いますね。
三代目の現社長が28歳の時、実質上、経営を任せました。早くから責任を持たせた方が、意欲もわくし、成長も早いです。心配は全然しなかった。いまの大野建設があるのはいいお客様やいい社員、いい協力会社あってのことです。
おかげで私はすることがないから、ゴルフが上手になりました。やりだすと、とことんやるので上達も早くて、エイジシュートをこれまでに10回以上達成しました。いま87歳ですが、現役ゴルファーです。これだけは、息子にも孫にも負けません(笑)。
※ エイジシュート:自分の年齢と同じスコアで回ること
※ 大野島蔵は平成19年10月永眠致しました |
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